戸越銀座駅から歩いて10分。閑静な住宅街の中に「BAR56」はあります。
「地域のコミュニティの場となるように」との思いを込めて作られた「BAR56」の魅力や歴史を、オーナーバーテンダーの深谷さんにお伺いしました。
地域に愛される店、「BAR56」ができるまで
--深谷さんは、なぜバーテンダーになろうと思ったんですか。
深谷 僕はもともと、茨城にある豆腐屋の4代目として生まれたんです。それで豆腐屋さんで働いていましたが、父の代でなくなってしまって。
豆腐屋さんのあとは製麺所に入りました。そこが、飲み屋も兼ねたそば屋さんを五反田でやることになり、居酒屋でのバイト経験のあった僕が適任ということで五反田に来たんです。
経営の仕方を学ぶつもりで、2年間と決めていました。五反田周辺の人たちはお酒を飲む方が多く、当時そういう方々にたくさんお世話になりました。
2年たってきっぱり辞めようと思ったんですが、辞める半年前に、この建物が空く話が出て。お世話になった五反田周辺の人たちに恩返しができないかと思って始めたのが、この「BAR56」です。
--お酒を飲む方たちのために、お店を始められたんですね。
深谷 はい、コミュニケーションの場です。うちのお店は「緩やかな時間とおいしいお酒を提供する」というコンセプトで、ずっと変わらずにやっています。
名前の「BAR56」は、西五反田の5と、6丁目の6を取って56なんです。他に、僕が生まれた昭和56年っていう意味もあります。数字は人に覚えてもらいやすいし広まりやすいと思い、数字の56にしました。
--ご自身がオーナーになる不安はありましたか。
深谷 いいえ、ゼロでした。経営的な面からいえば、流動のものはどうにでもなる、固定費さえ抑えればいいと考えていました。固定費を抑える工夫はいろいろしてきたので、不安はゼロでした。
あとは、父が経営をしていた、というのもあります。生まれた頃から経営者が周りにたくさんいて、そういった人たちを見てきましたから。
--お店の内装は深谷さんが考えたんですか。
深谷 そうです。武蔵小山の、とあるバーの内装や雰囲気がすごく気に入りまして、まねをさせてもらったんです。
僕の中の勝手なイメージなんですけど、内装は昔懐かしいブルックリンのイメージで作りました。
外装は木の板を貼り付けて、子どもの頃に憧れていたツリーハウスや秘密基地をイメージして作ってみました。昼間に見ると、バーがあるような感じはしないでしょう。
外と中の雰囲気を思いっきり変えたかったんです。お客さまに「店内の雰囲気、外と全然違うね」って言われることもありますよ。
内装は、ほぼゼロから行いました。1回全部スケルトンにして、いろいろやっていきました。僕はデザインなどをやっていたわけではなかったので、知り合いや工務店さんに教えてもらいながら、カウンターなども全部作りました。
お客さまを愛し、お客さまに愛される店
深谷 他のバーに行ったときは、珍しいものがあれば全部ストレートで飲みます。
こういうものもあるんだと思って飲んでいると、大体お客さまの顔が思い浮かんで。こういうお酒を薦めてみたいな、このお客さまにはこういう珍しいジンを薦めてみたいなと。
--常連さま思いですね。
深谷 お客さまに育てられているっていう思いが常にあるので。それしか思っていませんね。自身の力でここまでできたとは、思っていません。
休みの日は、大人数で飲むのが好きです。休みの日はお客さまと常に飲みに歩いています。暇な方がいたら飲みましょうって誘うと、大体10人ぐらいぞろぞろ集まるんです。
お客さまにとっての「BAR56」の魅力
開店当時から「BAR56」に通われている常連客のナオさんに、お店やオーナー深谷さんの魅力をお聞きしました。
ナオ 初めて来たのは、お店ができて2カ月後くらいです。5月のゴールデンウィーク前かな。趣味のランニング中に見つけて、これは入るしかないと思って。人生で初めて、バーに1人で入りました。
そのときにすごく気さくに接してくれて、しかも隣の方と仲良くなれて。
東京に来たばかりだと話したら、後日その人が遊びに連れて行ってくれたんですよ。それで、これはいい店だなと。それから同期を連れてきて、すっかり会社のたまり場になっています。
--「BAR56」の魅力はどんなところですか?
ナオ オーナーの深谷さんの人柄ですね。3回目に来たときにもう名前を覚えてくれていて、親しみやすく接してくれて。それが僕には良かったんです、人を連れて来やすくて。僕が紹介した人が、僕より通っていることもありますよ。
僕はよくコークハイを飲んでいたんですが、「コークハイに合うウイスキーがあるんだよ」って言われてフォアローゼスのブラックを薦められたんです。それもめっちゃおいしくて良かった。
初めて連れて来た知人が「すっきりめのお酒で」とざっくり注文しても、バシッと合うものが来る。
ナオ やっぱりお店の人たちと仲良くなれる良いお店ですよね。この辺りは、東京に来たばかりという人も多いじゃないですか。そんな状況で、今度飲みに行こうみたいな流れになると楽しいですよね。
深谷 常連の皆さんがフレンドリーなんです。常連の皆さんが、新規のお客さまを助けてくれることもあります。
ナオ 社会人1~2年目ぐらいのときは、ここで知り合った人たちとよく遊びに行きました。そういう、つながりができたのが良かったです。
ウイスキーが嫌いな女性もとりこにする、ハイボール
「BAR56」の人気商品は、アイリッシュウイスキーのジェムソンで作るハイボール。「ウイスキーの嫌いな女性にも飲んでほしい」という思いから開発された、特別なハイボールです。
このハイボールが生まれたきっかけとこだわりを、深谷さんに伺いました。
深谷 ハイボールはウイスキーをソーダで伸ばすお酒なんです。当店ではそのハイボールを通常より長めにステアして、レモンを搾って飲みやすく作っているんですよ。
通常より多めにステアするとアルコールの角が取れます。またジェムソンは柑橘のレモンととても相性がいいので、あえて強めに搾ります。
ウイスキーが嫌いな女性でも飲みやすいハイボールというものを、うちでは作っているんです。
深谷 ステアの回数は、夏場なら大体15回。冬場は19、20回です。
夏場はエアコンで空気の流れが出て、氷が速く解けてしまうので、少なめに。空気に触れると氷は解けやすくなりますから。シェイカーを振る回数も、夏場と冬場で季節に応じて変えます。
このハイボール、ステアの回数を変えてレモンも入れないで作ると全く違う味になります。そういう、いわゆるどこにでもあるハイボールだと、ゴクゴクと速くは飲めないでしょう。
作り方ひとつで味や飲みやすさが変わるのが、ウイスキーの面白さですね。
深谷 ハイボールは簡単なものだと思われるんですが、実はステアの回数、レモンのような柑橘を搾るか搾らないかで味が変わります。これを知って、僕はできる限りウイスキーが嫌いな女性でも飲めるウイスキーを作りたいと思ったんです。
--実際に、このハイボールでウイスキーのファンは増えましたか?
深谷 はい。このジェムソンがすごく売れていて、ハイボールの杯数はすごく増えています。
「BAR56」にあるお酒の3分の1以上はウイスキーで、ハイボールを飲まれる方の割合も多いですね。その中でも群を抜いて多く飲まれるのが、このジェムソンのハイボールです。
--なぜ、苦手な女性にウイスキーを飲んでほしいと思われたのでしょう。
深谷 開店当時、その前からウイスキーブームが来ていて、ウイスキーを求めるお客さまが多かったんです。ところが僕はラムからこの世界に入ったので、ウイスキーが得意じゃなかった。
そこでお客さまに教えてもらいながら、一緒に模索していったんです。教えてもらいながら、自然にお店のウイスキーの数も多くなって。
そうなると、カクテルを飲みに来たお客さまでも「ウイスキーがこんなにあるんだったら飲んでみようか」となる。
深谷 カップルでいらした男性がウイスキーを飲めば、一緒の女性も飲んでみようかなとなることがありますよね。そうなったとき、女性にいろいろお薦めしたんですが、納得されたような飲み方をされない。
そこで、僕の師匠にいろいろ教えてもらって、おいしいハイボールの作り方を学んだんです。それで出来上がったこのハイボールを女性に薦めたら、「飲みやすい、これならウイスキーを飲める」って言っていただいて。
これが、ウイスキーが苦手な女性でも飲めるハイボールを作ったきっかけです。
--このハイボールを飲み慣れてきた方へ、次にお薦めするとしたらどんなお酒ですか?
深谷 皆さん、大体ハイボールを飲み続けているんです。平気で4、5杯。他のお酒を薦めようかとも思うんですけど、お客さまからご要望がない限りはお薦めしないようにしています。
新規のお客さまで、他の味も知りたい方ならいろんなものをお出しするんですが、常連さんにはご自分が飲みたいと思ったものを飲んでもらいたいと思っています。
こちらからはあまりお薦めせず、「お代わりしますか?」と一言だけ添えるだけにしています。
オーナー、深谷さんという方
深谷 お酒の好き嫌いは決めていません、好き嫌いはないです。自分が飲みに行くなら、テキーラがあるお店ならテキーラ、珍しいウイスキーがあるなら珍しいウイスキー、ラムがあるならラムを飲んで。
でも僕、決してお酒好きではないんです。家の冷蔵庫にお酒はないですし、家で一滴も飲まなくても平気です。僕はお酒はコミュニケーションツールとしか思っていません。
--お酒は強いんですか。
深谷 強いほうだと思います。3、4杯ぐらいなら、喉が潤う程度で大した量ではありません。
--1人で飲みに行くバーはありますか。
深谷 栃木の小山に「BAR御入(おいり)」という、すてきなバーがあるんですよ。経営されているのは高松ご出身で、高松の有名なバーで修行された方です。小山のバーは、8年前ぐらいから経営されています。
僕はここでいろいろ勉強させてもらっています。いつもよくしてもらっているんです。僕が唯一、1人で行くお店です。
--御入では、何を飲まれるんですか。
深谷 最初にテキーラです。「ドン・フリオ1942」というテキーラ、これがおいしいんですよ。これをまず一杯。お客さまがいないときは、マスターに「一緒に飲みましょう、テイスティングしましょう」って誘っています。
今後の「BAR56」
深谷 8月から、僕の師匠がこの店に入ります。僕は地元の栃木に行って、加工、製造業に戻ります。「BAR56」には、月に何度か入るようにするつもりです。
--師匠と呼んでいらっしゃる方は、どちらのお店にいらした方なんですか。
深谷 師匠は、武蔵小山の自分の店で8年ほど働いて、それからあちこちお店に勤務して7月いっぱいは歌舞伎町で働いていました。
--引き継ぐことで、お店のコンセプトは変わりますか?
深谷 いいえ、コンセプトは変わりません。ただ、立つ人間が変わればお客さまが変わるのは常なので。その辺はどういうふうに変わっていくか分かりません。
ウイスキーに興味のある方にメッセージ
--ウイスキーを飲んでみたい、挑戦してみたい方向けにメッセージをお願いします。
深谷 まずウイスキーの味が一つ一つ違うことを知ってほしいです。スコッチ、ジャパニーズ、アメリカン、カナディアン、アイリッシュ、この5大ウイスキーは、味が全部違うんです。
スコッチやアイリッシュはモルトがメイン、ジャパニーズもスコッチに似たモルト、アメリカンやカナディアンはトウモロコシメインのグレーンモルト。そのウイスキーの一つ一つの味が違うっていうところを、まず知っていただきたいです。
取っ掛かりは難しいんですけども、違った味があるからこそ面白いと思ってほしい。ウイスキーの最初の薦め方は、とても難しいです。でもまず、いろんなウイスキーがあるっていうことを知っていただきたいですね。
ウイスキーは本当にいろいろで、それぞれ違うんです。
例えば「桜尾」。3、4年ぐらいしか寝かせてないんですけど、そんなに若さを感じません。最近のジャパニーズウイスキーは大体3、4年でリリースされますが、アルコールの角が立っているものが多いんです。
でも「桜尾」はアメリカンバージンオーク樽、ホワイトオーク樽という新しい樽を使っているので、短い年数でも樽の香りをしっかり吸収しているんです。角も取れて飲みやすくなっているんですよ。
ウイスキーはモルトや樽の熟成具合、色、香りまで知ろうとすると大変です。覚えるのは難しい。僕でも分からない部分はたくさんあります。ですので、歴史などを知るよりも、まず味の違いを楽しんでほしいです。
--単に特定の銘柄を初心者の方に薦めるのではなく、ウイスキーのバリエーションの豊富さを楽しんでほしい、というのは面白いですね。
深谷 はい。特定の銘柄を薦めてしまうと、それがなかった場合にウイスキーを好きになる機会がなくなってしまいます。お酒のおいしさは、そのときの状況で変わるんです。
例えばビールなら、喉が渇いているときに飲んだら喉越しが良くて、それで大好きになることもある。状況によっておいしいと感じるものは違うんです。
深谷 お店に行ってウイスキーを飲むなら、そのお店の雰囲気やウイスキーの味を楽しんでほしいです。「まず楽しむ」とすれば、何度か飲んでいるうちに拓けてきてお酒を飲めるようになってくると僕は思います。
なので、びびらずに、怖がらずに、まず何でも飲んでいただきたいですね。それがお酒を楽しく知るきっかけになると思います。うちに来ていただければ、飲みやすいお酒の作り方をいくらでも教えますよ。
ご自分で作られるときは、ステアの回数を気にして作っていただければ、ある程度おいしくお酒を作れますよ。
最後に
地域の人々の恩返しの場としてできた店、「BAR56」。お酒をツールとしたコミュニケーションの場として、地域の人々に親しまれています。
交流を楽しみたい方はもちろん、ウイスキーを知りたい方、バーデビューをしたい方は、ぜひ一度訪れてみてはいかがでしょうか。
きっと温かく迎えてくれるでしょう。
『BAR56』の店舗情報
所在地/東京都品川区西五反田6-22-10
電話番号/070-8432-6250
アクセス/東急池上線「戸越銀座」駅より徒歩10分・東急目黒線「不動前」駅より徒歩13分
『BAR56』の公式サイトはコチラから