「アイリッシュの革命児」と呼ばれる ジョン・ティーリング氏が操業したクーリー蒸留所。
1989年からウイスキー製造を始めた新しい蒸留所ですが、ここで造られた「カネマラ」などの銘柄はウイスキー愛好家からも注目されています。
この記事では、アイリッシュ・ブランド復活の立役者となったクーリー蒸留所をご紹介します。
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アイルランドのクーリー蒸留所とは
新しい蒸留所でありながら、伝統的なアイリッシュウイスキーの復興を目指して、さまざまな銘柄を生み出しているクーリー蒸留所。
そのユニークな魅力を解説します。
クーリー蒸留所の歴史
クーリー蒸留所は、アイルランド共和国の首都ダブリンから北へ車で1時間半ほどの街、ダンドーク近郊に位置します。
クーリー社は1987年、クーリー半島にあったスピリッツやアルコール燃料を製造する国営工場を買収し設立しました。
「古き良き時代のアイリッシュ・ウイスキーの復活」を目指し、1989年からウイスキーの製造を開始。
同時期に1953年に操業を停止してそのままになっていたロックス蒸留所(現キルベガン蒸留所)を買収、ブランドを復活させました。
ロックス蒸留所はウイスキー博物館と貯蔵庫として再建され、2007年には小規模ながらウイスキーの製造も再開しています。
現在、クーリー蒸留所はサントリー傘下。
歴史は浅いながらも、既に国際的なコンテストで受賞するなど、注目を集め続けている蒸留所です。
アイリッシュの革命児、ジョン・ティーリング氏
クーリー蒸留所を設立したのが、アイリッシュの革命児と呼ばれるジョン・ティーリング氏です。
アイルランドのダブリン生まれ、ハーバード大学でビジネスを学んだティーリングは、国営のアルコール製造工場が売りに出されているのを見つけます。
ハーバード大学で「なぜアイリッシュウイスキーはスコッチに敗れたのか」を研究したティーリング氏は、アイリッシュウイスキーを復興させるために、国営のアルコール製造工場を買い取ります。
元々あった連続式蒸留機と中古のポットスチルを使い、モルトウイスキーとグレーンウイスキー、それらをブレンドしたブレンデッドウイスキーを造り始めたのです。
創業開始当時、アイルランドにあった蒸留所はプッシュミルズと新ミドルトンの2つのみ。
ジョン・ティーリング氏の作った第3の蒸留所クーリーの登場により、アイリッシュウイスキーの大躍進が始まるのです。
クーリー蒸留所の製法
ジョン・ティーリング氏は、アイリッシュウイスキーがスコッチに後れを取った理由が、ブレンデッドウイスキーにあると考えていました。
そこで、アイルランドで伝統的に造られていたモルトウイスキーとともに、トウモロコシを原料としたグレーンウイスキーの製造も始めました。
当時、クーリー蒸留所には熟成庫がなかったため、キルベガン蒸留所まで樽を持っていき、熟成を行っていました。
また、多くのアイリッシュウイスキーは蒸留を3回行いますが、クーリー蒸留所では香りの成分を残すため基本的に蒸留の回数を2回にしています。
クーリー蒸留所で造るウイスキー・取り扱い銘柄

アイリッシュウイスキーの復興を目指し、さまざまなブランドを造ってきたクーリー蒸留所。
シングルモルトからブレンデッドウイスキーまで、その多彩な銘柄をご紹介します。
キルベガン
「キルベガン」は、代表的なアイリッシュウイスキーのひとつです。
キルベガン蒸留所はクーリー社に買収される前の1757年からウイスキーの製造を行っており、世界最古の蒸留所といわれています。
フレッシュな柑橘系の味わいとハチミツの甘み、穏やかなモルトの香りを楽しめます。
飲みやすいので、アイリッシュウイスキーの入門としてもおすすめです。
ブレンデッドウイスキーの「キルベガン アイリッシュ」の他に、グレーンウイスキーの「キルベガン シングルグレーン」、ライ麦を使用した「キルベガン スモールバッチ ライ」があります。

カネマラ

「カネマラ」は、アイリッシュでは珍しくピートを焚いた麦芽を使用し、蒸留は2回という、スコッチタイプのシングルモルト。
ピートのスモーキーさに加え、バーボン樽熟成によるバニラ香も特徴です。
4年、6年、8年熟成の原酒をヴァッティングした「カネマラ」をはじめ、12年熟成でよりモルトの香りが濃厚な「カネマラ 12年」、長期熟成の「カネマラ 22年」の他、シェリー樽とバーボン樽熟成の原酒をヴァッティングした「カネマラ ディスティラーズエディション」があります。
カネマラについては、以下の記事でも詳しく解説しています。


ターコネル
19世紀のイギリス最大の蒸留所のひとつ、ワット蒸留所でかつて造られていた「ターコネル」。
特にアメリカでの人気が高かったようですが、アメリカの禁酒法やアイルランド内戦などで、20世紀前半に蒸留所は閉鎖。
その後、クーリー蒸留所によって、復刻版となる現在の「ターコネル」が造られました。
ピートで焚いていない麦芽を使用したシングルモルトウイスキーで、クセのない飲みやすい味わいが特徴です。
2回の蒸留により、モルトの香りをしっかり感じられる銘柄になっています。
ノンエイジの「ターコネル」の他に、バーボン樽で16年熟成させた「ターコネル 16年」、マデイラ酒の樽で熟成した「ターコネル マデイラカスク フィニッシュ」、ポートワイン熟成「ターコネル ポートカスク フィニッシュ」、オロロソシェリー酒の樽で仕上げた「ターコネル シェリーカスク フィニッシュ」があります。
グリーノア
「グリーノア 8年」は、8年熟成のシングルグレーンウイスキー。
ブレンデッドウイスキーやモルトウイスキーが一般的だったアイリッシュ市場において、シングルグレーンウイスキーという新しい風を吹き込みました。
グレーンウイスキーは、ブレンデッドやモルトウイスキーと違ってモルト100%でできたウイスキー原酒が含まれていません。
トウモロコシや未発芽の大麦などの穀物を原料とし、連続式蒸留機で製造されたものがグレーンウイスキーです。
「グリーノア 8年」は原料の多くがトウモロコシで、洋梨やキャラメルの甘み、スモーキーな香りとスパイシーな味わいが特徴です。
アイリッシュウイスキーを造る代表的な蒸留所
アイルランドには、他にも複数の蒸留所があります。
どの蒸留所もこだわりの製法で、中には世界的に知られる銘柄を生み出している蒸留所も。
今回は、クーリーとともにアイリッシュを盛り上げた代表的な2つの蒸留所について、それぞれの歴史や製法の特徴を紹介します。
ブッシュミルズ蒸留所
キルベガン蒸留所同様、世界最古のウイスキー蒸留所といわれるブッシュミルズ蒸留所は、400年の歴史を誇ります。
1889年のパリ万博で、世界中にその名を知られるようになりました。
オーナーが何度も代わっており、現在の所有者は大手テキーラメーカーのホセ・クエルボ社。
「ブッシュミルズ」の生産数を大幅に伸ばしています。
「ブッシュミルズ」のこだわりのひとつは、仕込み水。
蒸留所のすぐ近くを流れる川の水源、セント・コロンバの泉から直接、蒸留所に水を引いています。
もうひとつのこだわりは、「grain to glass」といわれる製造スタイル。
「grain to glass」とは、蒸留所に由来する地域の原料を使用し、製造の最終段階まで一貫して管理することを指しています。
そして、原料は地元アイルランド産の大麦を100%使用。
ノンピート麦芽とアイリッシュ伝統の3回蒸留で、クリアでスムースな味わいを生み出しています。
「ブッシュミルズ」についてもっと知りたい方は、下記の記事もご覧ください。
新ミドルトン蒸留所
アイルランド南部の町コークにあり、歴史上「新」「旧」の二つに分けられます。
現在稼働しているのは新ミドルトン蒸留所で、「ジェムソン」などを造っています。
1825年、ジェームス・マーフィー兄弟が元紡績工場を買取って蒸留所に改装したのが旧ミドルトン蒸留所です。
1860年代に入ると、ミドルトンを含むコーク内の複数の蒸留所が合併し、コーク・ディスティラリーズが設立されました。
1920年代以降、アイリッシュウイスキー業界が低迷しアイルランドの蒸留所は次々と閉鎖。
1966年、コーク・ディスティラリーズは蒸留所の生き残りをかけて、ジェムソン社、ジョンパワーズ社との合併を決意しました。
その結果誕生したのが、現在ミドルトン蒸留所を所有しているアイリッシュ・ディスティラーズです。
アイリッシュ・ディスティラーズは、広大な敷地と豊富で良質の水に恵まれているミドルトンに業務を集中させようと、旧ミドルトン蒸留所の隣に蒸留所を新設しました。
1975年に新設されたこの蒸留所が、新ミドルトン蒸留所です。
新ミドルトン蒸留所では、ビール造りの技術が採用されました。
モルトウイスキーの原酒造りには、ビールの仕込み槽とその技術、4基のポットスチルと連続式蒸留機が使われます。
また、軽くスッキリした味わいのブレンデッドウイスキーを造るために、グレーンウイスキーの生産も行っています。
熟成はバーボン樽とシェリー樽を使用。
多様な原酒を組み合わせたブレンデッドウイスキーを中心に生産しています。
尚、旧ミドルトン蒸留所での生産は終了し、現在は「ジェムソン」のヘリテージセンターとなっています。
参考:稲富博士のスコッチノート [Ballantine's] 香るウイスキー バランタイン
ミドルトン蒸留所の代表銘柄「ジェムソン」についてはこちらをご覧ください
まとめ
一度は低迷してしまったアイリッシュウイスキー。
クーリー蒸留所をはじめとする各蒸留所が努力を重ね、伝統的な製法を残しつつ新しい技術やブレンドを取り入れた結果、目覚ましい復活を遂げました。
アイリッシュウイスキーを飲むときには、生産者の工夫や蒸留所の歴史にも、思いを馳せてみてはいかがでしょうか。